2010年01月24日

「日本人は太っていなくても糖尿病になりやすい」認知度は4割未満(医療介護CBニュース)

 日本人は太っていなくても糖尿病になりやすい体質であることを知っている人は全体の4割未満―。ノボノルディスクファーマはこのほど、こんな調査結果を発表した。同社では、日本人の体質について、「欧米人に比べて血糖値を下げるインスリン分泌能力が低いため、太っていなくても糖尿病になりやすい」と指摘。「太っていないから大丈夫と思っていても、過食や運動不足が原因で糖尿病を発症する可能性がある」としている。

 調査は昨年12月、全国の40-60歳代の男女を対象にインターネット上で実施。1200人から回答を得た(男女とも600人)。

 調査結果では、どのような体型の人が糖尿病になりやすいかと聞いたところ、「太っている人」が49.7%で最も多く、以下は「体型は特に関係ない」43.8%、「標準体型の人」4.6%、「やせている人」1.3%、「その他」0.6%の順だった。

 また、日本人は太っていなくても糖尿病になりやすい体質であることを「知っている」は38.8%、「知らない」は61.3%だった。

 同社によると、国内の糖尿病患者は約890万人で、その9割以上がインスリンの分泌低下などが原因で起こる2型糖尿病とされている。肥満・やせの基準としてBMI指数を用い、太っている人をBMI25以上、太っていない人をBMI25未満とすると、日本人の2型糖尿病患者の6割が太っていないことになる。


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2010年01月23日

司馬遼太郎さんが愛した森再現、一般開放へ(読売新聞)

 大阪府東大阪市の司馬遼太郎記念館は19日、敷地南側で購入した隣接地約300平方メートルを、4月末までに「司馬さんが愛した森」として整備して来館者に開放すると発表した。

 司馬さんは生前、クスノキやヤマモモなどを庭に植え、眺めながら仕事をしており、こうした木々を植えるという。

 記念館は司馬さんの自宅と蔵書2万冊余りを収めた展示室などからなり、2001年11月オープン。

 整備する隣接地にはベンチなども置いて憩いの場にしたいとしており、上村洋行館長は「司馬さんの精神まで感じ取れるような記念館にしたい」と話した。

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2010年01月15日

【ゆうゆうLife】病と生きる 元ボクサー、俳優 赤井英和さん(50)(産経新聞)

 ■突然引退…すさんだ心 仲間に支えられて転身 

 「浪速のロッキー」と親しまれ、この試合に勝てば世界戦というタイトルマッチで、プロボクサーだった赤井英和さんはリングに倒れた。頭部にパンチを受け、脳挫傷、硬膜下血腫で重体。一命を取りとめ、入院生活はリハビリに励んだが、診断は引退勧告だった。「復帰を目指したからこそ、回復も早かったと思う」。俳優に転身するまでの日々をふり返った。(文 牛田久美)

  [フォト]娘も芸能界入り!赤井沙希、K−1イメージガールで魂継承!?

 いつか引退するとは分かっていたけれど、その日はあまりにも急にやってきた。ベッドの上で目覚めたとき、全く記憶がありませんでした。

 昭和60年2月5日。開頭手術の翌朝、「お前はけがをしたんや」と聞き、心の中で復帰を誓いました。布団の中で腕を上げたり足をねじったり。練習して、試合して、「世界タイトルつかんだんねん」とリハビリに励みました。青春の日々が途切れるなんて夢にも思いませんでした。

 「2度とボクシングはできない」−。お世話になった大阪市浪速区の富永脳神経外科病院で院長に告げられたのは3月30日、退院の当日。「えええ?」 わが耳を疑ったまま記者会見に臨んだのです。

 《翌朝刊には、「ロッキー退院 後遺症はなし」「うれしい春の訪れ」など、明るい見出しが各紙に踊った》

 しばらくは、通院が“仕事”でした。半年後、母校の近畿大が「ボクシング部のコーチにならへんか」と声をかけてくれました。エディ・タウンゼント(トレーナー)から受けた世界レベルのテクニックを伝え、みんな頑張ってくれて大学王座に2度も輝きました。うれし涙も悔し涙も一緒に流せる。けれども、帰宅すると何とも言えない寂しさがこみ上げてきました。

 心は一体でも、ライトが当たるのは選手。行き場のない思いに心はすさみました。酒に浸る日々に家族は去り、ファイトマネーの貯蓄で慰謝料を払い…。引退式をしてくれたリングでは、同時に世界王者決定戦が行われ、(赤井にあこがれて入門した)後輩の井岡弘樹が勝ちました。うれしかった。帰宅して朝飯を食い、延々と酒を飲みました。何か分からへんかったけれど寂しかったんだなあ。

 転機は、自伝『浪速のロッキーのどついたるねん』(講談社)の刊行でした。それを読んだ阪本順治助監督(当時)が「映画化したい」「赤井くんが赤井を演ずるんや」と、情熱的に映画の内容を語ってくださったのです。これで生き返らんことには死んでしまうんやないかと、必死で取り組みました。84キロを超えた体重を、ビタミン剤だけで66・5キロまで落としました。同時にせりふを覚える。映画「どついたるねん」は手術日と同じ2月5日にクランクイン。見ることやること初めてで、「今の5倍怒れ」「はいっ」と、ひたすら阪本監督の指示に従いました。監督は忘れられない恩人です。

 ボクシングという素晴らしいスポーツは、今やから言えるねんけども、イメージは良いものがずっと残る。命を削ることもあるスポーツで、僕はすべての試合を覚えています。でも、あの日の試合はいまだに記憶がありません。控室からリングへ、直前まですべて覚えているのに、ゴングが鳴ったあとの二十数分間の記憶がないのです。

 7ラウンドのゴングから2分48秒後、ぼくは倒れた。それはきっかけではあったけれど、もっと早く脳内出血が始まっていたと主治医から言われました。1ラウンド、2ラウンドと…と無意識に闘っていたのですね。医師からは「潜在的に嫌なことは忘れるもの。いつかまたふと思いだしますよ」と言われて、安心しているのですけれど。

 ぼくがはっきりと言えるのは、ここまで来られたのは、あの事故の前も後も変わらず支えてくれた仲間のおかげだということです。

【プロフィル】赤井英和

 あかい・ひでかず 昭和34年8月17日、大阪市生まれ。近畿大在学中、冷戦下のモスクワ五輪ボイコットで出場を断念。プロボクサーになり、12連続KO勝ちの日本記録(当時)を樹立した。プロの戦績は21戦19勝2敗(16KO)。平成元年、映画「どついたるねん」で俳優へ転身。ウルトラマンシリーズ出演などで人気を集めている。

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